日々是好日〜見えない世界が見えてくる〜

HSPのわたしの毎日を通して、呼吸法、波動、風水、見えない力について書いていきます

在り方

こんにちは あここです

 

10月に入って、雨の日が過ぎてゆく毎に、空気が冷たくなってきました

街を行き交う人々も少しづつ長袖の姿を見かけます

この季節が大好きです

 

 

わたしは小さい頃から自分という存在に疑問を持っていました

自分の存在を感じた瞬間、この世界から消えたいと願うような子供でした

耐えられないと思ったように記憶しています

 

今、目撃しているこの世界と、どうしてこんなに距離があるのだろう

どうして同じでいられないのだろう

突然、世界から切り離され、その時点でわたしの中には大きな孤独が

生まれました

親や兄弟、お隣に住んでいるちょっと年上の優しいお姉さん、保育園の先生や友達、

スーパーのレジでいつも飴をくれる女性、

自分以外の人々と関わると嫌でも自分の孤独や寂しさを感じて

息がしづらくなります

 

ただ、自然の中に身を置いている間は、なぜだかこの世界が自分を肯定してくれて

無条件に受け入れてくれていると感じることが出来ていました。

人といるよりも、木々や花、土に触れている時、風の中にいる時、空を見上げる時、

このどうしようもなく自分の中に横たわる孤独が和らぎ、嬉しさからか歓喜の涙が溢れて、

胸の中が熱くなるといった体験をします

人々の中よりも、自然の中に身を置いたときの心地よさや空気感に

救われていました

 

そうしてどうにかこうにかバランスを取って、ここまできました。

 

 

また、みんなが簡単に出来ることが、自分にはとても難しくて付いていけない

大人数の中にいると、音がどれもこれも混ざり合って判断しにくい

見えない存在とのコンタクトの方がずっと自然

とにかく色んなことが、同い年の子達のようには出来なくて

いつも、うんと手前のところで戸惑ったり立ち止まっていました

こういう性質なので

人との距離感を掴むのということが大の苦手で、いつも間違えてしまいます

わたしは何事にも極端で

人との距離も精神的に全てを見せられる身内か、そうでないか、にしてしまい

仲良くしたいと思うと急激に距離を詰めてしまいます

またそれ以外の人に対しては、いつまでも他人行儀な態度を取ってしまい

人間関係を広げたり維持していくことがとても困難でした

(上辺のやり取りは練習してできるようになりましたが、それがかえって寂しさや孤独を強くしてしまったように思う)

このことでいつも相手を戸惑わせたり、勘違いをさせることもありました

 

いつもいつも、誰かに対して優しくあれない、何の役にも立てない

こんな風にしか出来ない自分をどう扱えばいいのか途方に暮れて

10代20代は、人を避けていた傾向にあったと思います

 

けれどここ数年で気付いたことがありました

これまでの自分は、常に自分のことばかり考えていて

自分が傷付きたくない、怖い、寂しい、どうやって生きていっていいのか分からない、

全てを世界の責任にしていたのでした

 

そうしている間の苦しみは自分の中でどこまでも増幅してゆきます

 

わたしは、いつか自然に救われたように、自分もそう在りたいと思うように

なりました

というか、もうそれしか無かったのだと思います

そうでないと、わたしはこの世界に勝手に見切りをつけて

さっさと逃げ出していたでしょう

 

自分と関わってくれた人には、少しでも自然のように在りたい

自分がそうしてもらったように、わたしも本質的に誠実に接したい

そうして、自分と関わってくれた人の力になりたい

せめてマイナスにはしたくない、出来ればプラスにしていきたい

そのことだけの為に、今、自分は機能していたい

 

人に誠実に接することは自分に誠実になることだと気付いたのでした

自分のアレコレを心配しているよりもずっと呼吸がしやすいのです

そう在ることで、随分と生きやすくなってきたように思います

 

自分がこの世界から旅立つその時まで

持ち続けたい意識だと感じています

 

今、生きにくいと感じている人々が少しずつ声をあげています

SNSで悲痛な叫びや生きづらさを訴えている様子をよく見て

今日の記事を書きました

わたしもその一人です

 

何かのきっかけになればという祈りを込めて

 

(今日は真面目な記事になりました^^)